マレーシア・カジャン市での過酷ワークショップ・レポート第3回
俺が初体験なりに心配していたのは、まがりなりにもパレード用の動くビッグパペットを作る際の、現地調達となる材料の事ね。
当初、総演出でもある黄博士が妄想していたのは「現地にある素材を活かした造形物で劇をやれないか」ということだったので、ワークショップの最初は「自分たちで考えて人形の材料を集めてくること」に設定。
この時点で、東京でモノ作っている俺的には「無理だろソレ。絶対ゴミしか集まらないし危険だから、“そのテイでやりました感”だけ残せばいいんだよね?」という、もうスレて腐り切った発想だったんだけど。

「素材集め」という名の遠足兼ゴミ拾い。旧市街へ行く組と山へ行く組で一悶着
参加の子どもらに「アイス・ブレイキング」がてら地元の素材を集めに遠足させるのはコンセプト的にはいいアイディアだから活かしつつ、ちゃんと成立するような材料も押さえておかなくては、と画策。
全行程を通してアシスタント的に甲斐甲斐しく働いてくれるのは「新紀元大学学院」の学生たち。
よし、彼らは「コッチサイド」として色々調達に協力してくれそうだ。
まず、ビッグパペットであるなら多分マストの「竹」から所望。

大自然を背景に目の前で繰り広げられたリアル「犬猿の仲」に呆然。ホントに仲悪いんだ…じゃないのよ。「竹ひご」くれって言っただけなんだけど
「人形のボン(骨ね)にするための竹は必ずいるから調達したい」とマジ顔で伝えたら、「OK、任してよ」と不敵に笑った学生4人。
「IKIMASHOW!」とエマニエル防やなみに軽ノリで乗用車に押し込まれ、劇団のおばさん含む6人でドライブに。
…山道含むドライブ2時間
「好きなの選んで!」と言われて降りたのは店でもなんでもなく普通の竹藪。いや普通より天然。よく見たら野生の猿がドッシリ鎮座。
「ホントにあった!」
「…う、うん。ど、どれでもいいかな(日本人の愛想笑い症候群)」と適当に言った次第。まずね、みなさん。野生の竹ってマジ硬いからね。
「これかい?」とか切ってくれたおじさんはチェーンソー完備だったから。俺が欲しかったのは「竹ひご」なんだけど…
まずこの時点で「ああ、この感じね」と覚悟できたのは非常に良かった。あのクソ太い竹も「道具さえあれば細裂きもできるだろう、夜なべすれば」と踏めたし。

もう一段階予想の上を行った「材木屋」。林業従事者じゃん…「ハンズ」じゃなくてもいい、せめて「プルブイン」は…
次は木材。いわゆる「垂木(たるき)」や「木割(こわり)」がマスト必要かな。
「材木屋はある?」
学生、再び「OK」の笑み。
もう画像見てもらったら分かるともうけど、ココね。材木屋。…確かにそうではあろうけど。
寺建てようってんじゃないんだから…
よし、こういう仕事ね
ダイジョブ、ダイジョブ。街に戻って金物屋で切れるノコと切れる刃物さえ調達できれば…

…案の定の「材料(ゴミ)」。しかも葉っぱなんか見る間に枯れるだろ。「これ眺めてデザインの発想せよ」って、俺だってムリ
そんな考えは甘かったことが早々に判明するが文句言ってても仕方ない。
一応ネジとか釘とかトンカチ売ってる商店に寄ってもらって装備を整えたが…いや、俺の生まれた昭和40年代でももう少しマシな道具売ってたと思うけど、金物屋に。

班に分かれてアイディア出し。模造紙に文字でも絵でもなんでも良いから連想したものを書いていく段階。
華僑系の裕福な子はインド系がいても全然中国語で話し続ける…後々色々あってインド系の子は激減
街に「ハンズ」が無いだけで片羽をもがれた状態になるんじゃあ自称「美術家」として恥。
サムライの名折れ(何を背負ってんだ)。
俺だって受講するガキどもの年代までは富士で「ジャンボ・エンチョー」すらない環境で色々作ってきたんだし…ガッコの購買で買った程度のモノ駆使して。
…て、なんでそこまで初心に帰らなきゃならないんだ。
※現在はKLから直通「MRTカジャン線」が整備され巨大ベッドタウン化。高架から見下ろしたら新スタジアム周辺に巨大ホームセンターがあるのを発見。…そうして発展した頃にはこういう企画があんまり必要ない新しい住民達の新興都市になっているんだよな。
◉野磁馬



(0.00 / 1)
最近のコメント